東京高等裁判所 昭和32年(う)1248号 判決
被告人 岡田和吉
〔抄 録〕
検察官の論旨第一点について。
原判決が所論引用のとおりの事実を認定し、しかも被告人の加害行為をもつて急迫不正の侵害に対する防衛の程度を超えたものとし、刑法第三十六条第二項、第六十八条第三号を適用し、刑を減軽したのに対し、所論は右行為が過剰防衛というに該当しないものとし、原判決の事実誤認を主張するのである。よつて按ずるに、原判決引用の各証拠並びに当審証人岡田みい尋問調書及び当審検証調書を綜合すると、被告人は実父吉松と同居し、僅かの耕地をもつて農事に専念していたが、昭和二十八年頃父が妻みいを娶り、その間に一子幸一を儲け、昭和三十一年一月被告人が妻光子を迎えたりしたことから、父との仲が円満に行かず、前記みいに対し憎悪の念を抱くし、みい等に於ても被告人夫婦に対し快からざるものがあつたところ、同年十月三十日夕刻頃被告人が野良から帰り、馬穴におむつを浸してあるのを発見し、みいに対し「こきたないデレスケあま」と放言すると、みいも負けてはおらず、「このデレスケ野郎、人のめくじりばかり立てやがつて」と応酬し、互いに罵りあう中、父吉松が天秤棒を携えて被告人がみいと言い争つている勝手場に入つて来て被告人の腕を殴つたから、被告人は忽ち吉松の手から右天秤棒をとり上げ、同人の頭部を殴打し、その右顳[需頁]葉及び[需頁]頂葉に挫創を負わせ、同人をして同年十一月六日右挫創に基く心臓衰弱により死亡するに至らしめた事実を認定できる。ところで父岡田吉松は明治三十三年一月生れで年はとつているし身長も五尺そこそこであつたから、平素病気で寝たような事実はなくてもその気力なり、体力なりに於て壮者を凌ぐほどのものであつたとは認められず、父親同様短躯でやせてこそいても昭和八年生れの血気盛んな被告人と比較すれば年令差に基く当然の違いが存することが認められるのであり、吉松が天秤棒を揮つて被告人に殴りかかつても被告人が容易にこれを奪い取つていること前記のとおりであるからこの事実は即ち両者の間の体力に於て相当の開きがあつたことを明らかに示すものというべく、従つてこの老齢の父親が天秤捧をふるつて被告人に攻撃を加え腕を殴つたからといつてもそれだけで直ちに急迫不正の侵害であると解すべきものではない。况んや被告人が父の手から天秤棒を奪いその攻撃を阻止せられたに拘らず、右天秤棒をもつて吉松を殴打した被告人の所為は急迫不正の侵害に対する防衛行為というべきではない。然るに原判決はその事実認定に於ては当裁判所の前記説明と同趣旨に出たものと認められ、被告人の所為が急迫不正の侵害に対する防衛の程度を超えたものと認められる特段の事情の存することが窺い得ないに拘らず、その法律適用に於て突如として刑法第三十六条第二項を適用し同法第六十八条第三号により被告人に対し刑を減軽したのは結局原判決は右法律適用を為すの前提たる事実関係を誤認したものという外なく、論旨は理由がある。それ故検察官の爾余の量刑不当の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
(加納 山岸 鈴木重)